結論から言うと、
チートを使うこと。
そんなことで脱出できたら苦労しねぇよ!って人もいると思うので、俺なりの理由も解説する。これは実体験だから、万人には当てはまらないかもしれないけど、参考になれば嬉しい。
目次
ゲーム依存症になるまでの過程

実際、筆者ラッキーはつい最近(2019年の2月頃)まで完全にゲーム依存症だった。今はゲームを触らなくり、距離を置くことができるようになった。
ゲームを始めたのは保育園時代のポケモン赤・青・緑から。
小学生のころは夜になると、父親がリビングで初代PSのバイオハザード2をやっていて、妹と二人ビクビクしながら父親の背中越しにプレイを見てるのが楽しかった。
(ゲーム実況動画も好きだけど、思えばその源泉はこの時からあった。)
小中時代、友達とやる初代PS、ニンテンドー64は最高だった。
「ゲームは1日1時間」「宿題をやってから」と親に決められていたから、自由にゲームができる生活に強く憧れていた。
高校は部活と受験でやる暇がなかったけど、大学になると自由時間の増加+バイトでの収入増加、高校時代できなかった反動もあり一気にゲームへのめり込んでいった。
社会人になってもゲーム熱は冷めず、仕事中だろうと隙あらばゲームのことを考えてたし、帰宅したら風呂浴びて即ゲーム。
出張先のホテルへも欠かさずPS4を持って行っていた。
ホテルのテレビにはHDMI接続が使えないことも多々あるため、HDMIが使えるプロジェクターも一緒に持って行って、部屋の白い壁に画面を投影してモニター代わりにもしていた。
スマホが普及してから攻略情報や掲示板を気軽に見れるようになり、ゲーム関係に費やす時間はさらに増えた。
間違いなくゲーム依存症だった。
やっと異変を自覚しはじめる

プレイ中はゲームに没頭(現実逃避)できるから社会人時代キツい事も乗り超えられた。
でも気付けば俺はゲーム以外のことに楽しさを感じにくくなっていた。友達と何かしてても頭のどこかで「この時間であのイベントできたなぁ、レベル上げられたなぁ」と考えてしまう。
10代、20代の貴重な時間と、色々な経験の機会を失ったことはあまりにも大きい。
プレイしている最中は楽しいが、大量の時間をゲームで過ごしたにもかかわらず、俺はゲームの記憶がほとんどない。プレイしたゲームの名前は挙げられるけど、何レベルまで上げたとか、何回勝ったかとか、下手すればキャラクターの名前すら覚えていない。
本当に楽しかったどうかも怪しい。実際のところ、他にやりたいことがなかったからゲームをやっていたとも言える。何をすれば楽しいのか、ゲーム以外のことを経験したことがないから知らなかった。
ゲームを恨んではいない。夢中だったときは、一生ゲームに飽きないだろうと思ってたし、やりすぎていつかしっぺ返しを食らうことになっても構わないと思っていた。
でも「年を取るとゲームやらなくなる現象」はちゃんと俺にも起きた。俺にとってそのきっかけはチートを使ったことだった。
チートを使うようになった経緯
長らくチートを使わないようにしていたのは、ただ単にゲームの楽しさが失われると聞いていたからだ。
チートで何ができるようになるかは理解してたけど、自分にとって何が起きるかはまだ理解していなかった。
ゲームをやり続けるうちに、俺は段々と効率を求めるようになっていった。次々に発売される新作ゲームに追いつく目的もあったけど、一番の理由は「他にやるべきことがあるんじゃないのか…?」という漠然とした焦燥感だったと思う。
ゲーム自体は楽しいけど、効率を求めるあまりレベル上げなども面倒くさいと感じはじめ、最終的にチートに手を出すようになった。
チートによって、ゲームはあくまで「データ」だと腑に落ちた

例えば主人公のレベルを上げて、強くなった力や魔法でボスや対戦相手を倒し、報酬としてさらに強い武器を手に入れるとする。
そこへ至る過程にはかなりの時間がかかったりするが、内部データの特定の数字を1→100に書き換えるだけで、主人公のレベルを一瞬にして100に出来たりする。
ボスの体力を1にすることもできるし、最初から報酬を手にした状態にすることも、その武器のステータスをずば抜けた数字にすることもできる。
友達とかと楽しい時間を共有するならまだいい。俺はひたすら一人で、頑張った過程や成果を誰かに知ってもらうこともなくプレイしてきた。
それはそれで楽しかったけど、結果だけ見れば、内部の数値を書き換えたのと何も変わりない。
誰かが作ったデータの範囲内でジタバタしているだけだったのだ。
あるときがっつりチートを使ったことで、そのことを完全に理解した俺は、ゲームをするのが急に虚しく、馬鹿馬鹿しくなってしまった。
(チートを使ったといっても、オフラインモードでのことだから他人に迷惑はかけていない。)
離脱症状 鬱発症

ゲームをやらなくなり、周りに目を向けるようになると、現実世界でのステータスの低さを知って愕然とした。同い年くらいの人間はビジネスで成功したり、家庭を持ったりと確実に人生を歩んでいる。そこから目を背ける意味でもゲームをしていたのに、ゲームに戻ってもしょうがないことを理解した今となっては向き合わざるを得ない。
やりたいことを無くした人間は精神を病む。生きていくのにはお金が必要で、お金を稼ぐにはやりたくないこともしなきゃならないのに、やりたいことや楽しいことが無いんじゃ、生きていることが割に合わないと思うのは自然なことだと思う。
今更何かを始めたところで遅れは取り戻せないとも感じていた。
そんな精神状態が続き、いよいよ俺は鬱になった。精神科に行くのは抵抗があったが、もし薬で精神的に楽になるならいいかと思った。
確かに薬は効き目があった。投薬には段階があって、最初から強いものは処方されない。精神をまずフラットな状態にする薬を渡され、気分が沈むのを防ぐところからスタートする。
ただ薬代が馬鹿にならないことと、精神科の予約がいっぱいでなかなか取りづらいこともあり、2~3回の通院で継続を辞めてしまった。
鬱の人間にそんなことをやり繰りできるエネルギーは無い。
立ち直るためにやってきたこと

離脱症状に苦しむ中で、効果を実感したのはこの2つだ。
- YouTubeで動画を見漁る
- 運動する
といっても実際は、以前からやっていたことでもあり、この2つ以外に何かをするエネルギーなんてなかった。
どうすればこの状況を好転させることができるのか分からなかったため、それらを知るきっかけやヒントが得られればと思って、いろんな自己啓発系の動画や書籍の要約動画などを見漁った。
動画はおかゆみたいなもので、活力がない人間でもなんとか脳みそに情報を流し込むことができた。
やりたいことが何なのか、どれくらいで実現できるのか、そのための方法は何なのか…
複数の動画を繰り返し見ていると、重要なポイントはどれも共通していることがわかってくる。やるべきことがわかってくる。
運動はその中の一つだ。詳しい効果はググればわかるから割愛するけど、運動は身体・脳・精神すべてにいい影響があることをどの動画でも説明している。肉体を引き締めれば自己肯定感も上がる。
獲得した知識と身体は自分の資産になり、離れることはない。
この2つは明らかに俺を立ち直らせてくれたし、今後もずっと継続していく。
脱出して感じたこと

「ゲームは無駄!若いうちは色んな経験をすべき!」とよく言われる。
おれもその意見に賛成だけど、それでゲームとおさらばできたら苦労しない。
今のゲームはどれも中毒性が高く作られていて、一度ハマると断ち切るのは難しい。
地球が丸いことを説明しても大勢の人が聞く耳を持たなかったように、ゲーム依存者に他の経験の良さを説明しても聞く耳を持たれないのだ。
でも完全にやめる必要はない。ゲームだけに時間を使うのが問題なのであって、たまの息抜きや友達と遊んだりする分には全然いい。
今はオンラインで簡単に人とつながれるし、コスパのいい趣味になりえる。
依存症のままで後悔することはあっても、脱出して後悔することはない。
人生には書き換えられるデータなんてないし、やり直しもできない。
でもそれが出来たらゲームと同じですぐに面白くなくなる。だからこそやりがいを感じられる。
このことに心から納得するまでに、俺はだいぶ時間がかかってしまった。
脱出のための一助として、今回の記事が誰かの役に立てば幸いだ。